東京高等裁判所 平成2年(行ケ)197号 判決 1994年9月14日
神奈川県厚木市長谷398番地
参加人
株式会社半導体エネルギー研究所
代表者代表取締役
山崎舜平
訴訟代理人弁護士
野上邦五郎
同
杉本進介
訴訟代理人弁理士
鴨田朝雄
同
西森浩司
東京都世田谷区北烏山7丁目21番21号
脱退原告
山崎舜平
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 高島章
指定代理人
酒井美知子
同
飛鳥井春雄
同
奥村寿一
同
涌井幸一
主文
参加人の請求を棄却する。
訴訟費用は参加人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 参加人
特許庁が、昭和60年審判第11237号事件について、平成元年1月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
脱退原告は、昭和53年12月10日に出願した特願昭53-152887号を原出願とする分割出願として、昭和57年7月19日、名称を「プラズマ気相反応装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和57年特許願第126046号)が、昭和60年3月14日に拒絶査定を受けたので、昭和60年5月30日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第11237号事件として審理したうえ、平成元年1月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年2月22日に脱退原告に送達され、脱退原告は、同年3月23日、同審決の取消しを求める訴訟を東京高等裁判所に提起した(同裁判所平成元年(行ケ)第66号事件)。
参加人は、平成2年4月25日、本願発明につき特許を受ける権利を脱退原告から譲り受け、同年4月28日、その旨を被告に届け出た。
2 本願発明の要旨
別添審決書写し記載のとおりである。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、いずれも本願出願前に頒布された特公昭53-37718号公報(以下「第1引用例」という。)、米国特許第4109271号明細書(以下「第2引用例」という。)、実開昭53-149049号公報(以下「第3引用例」という。)、実願昭52-54176号の願書に最初に添付された明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(以下「第4引用例」という。)を引用し、本願発明は、第1~第4引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものと判断し、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 参加人主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨、第1・第2引用例の記載事項の各認定(審決書2頁10行~6頁8行)、本願発明と第1・第2引用例との共通点及び相違点の認定(同6頁9行~7頁14行)、第3・第4引用例の記載事項の認定(同7頁15行~8頁7行、ただし、同8頁3行目の「半導体作成用反応ガス等」は不適当な文言であり、これを被告の釈明どおり、「反応ガス等」の趣旨と理解することを前提とする。)は認め、その余は否認する。
審決は、本願発明と第1・第2引用例発明との相違点について、第1・第2引用例の技術に第3・第4引用例の技術を採用し本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到することと判断しているが誤りであり、違法として取り消されなければならない。
1 真空蒸着法等とプラズマ気相反応法との決定的な相違
(1) プラズマ気相反応により半導体層を少なくとも2層以上積層する場合、反応ガスを置換することによって、一つの反応室で行うことは、第1・第2引用例から公知であった。そこで、プラズマ気相反応により半導体層を少なくとも2層以上積層する場合、第3・第4引用例のように、真空蒸着法等の反応室間にゲート弁を設けた反応室を連設する手段が容易に推考できるものであるかであるが、ここで、真空蒸着やイオンスパッタリング(以下「真空蒸着等」という。)とプラズマ気相反応とでは、決定的な相違がある。
すなわち、真空蒸着法等で異種の薄膜を2層以上形成する場合、一つだけの反応室で行うとすると、薄膜の材料を一々取り替えなければならず、そのためには、その都度反応室の圧力を常圧まであげて、材料を交換し、その後にまた真空にしなければならない。これに対し、反応室を連設すれば、反応室ごとに蒸着等の材料を設置しておくことができ、一々材料を取り替える必要も反応室を常圧に戻す必要もなく、せいぜいゲート弁を通じて隣接の反応室から混入するガスを排気すれば足りる。したがって、真空蒸着法等では、生産性の向上ということを考えた場合、反応室を連設した方が明らかに優れている。
これに対し、反応ガスを用いるプラズマ気相反応においては、弁操作により反応ガスを容易に交換することができるので、真空蒸着法による場合の上記のような複雑な手順は必要でなく、せいぜい反応室内の残留ガス(その圧力は当然常圧より低い。)を排気すれば足りると考えられていた。したがって、プラズマ気相反応により半導体層を2層以上積層する場合、特に反応室を連設した方が優れているとは考えられていなかった。このことは、第1・第2引用例のものが単一の反応室で2層以上の半導体層を積層していることからも明らかである。生産性の向上ということを考えた場合も、単一反応室のものを複数設ければ足りる。この点が、弁操作により容易に反応ガスを交換できるプラズマ気相反応法と蒸着物質を一々交換しなければならない真空蒸着法等との決定的な相違なのである。
(2) このように、プラズマ気相反応法においては、反応室を連設することは特に優れておらず、かえって、反応室が単一である方が優れているとの技術常識の下で、本願発明があえて反応室を連設させたのは、まさに、プラズマ気相反応の独特の汚染の機序を解明したことによるのである。
単一の反応室において異種の薄膜を積層する場合、初めの反応ガスが反応室に残留していると、この残留ガスが汚染源となるが、通常の気相反応においては、排気を完全にすれば、その対策として十分であった。ところが、本願明細書(甲第2、第3号証)に、「特にプラズマ気相反応においては、反応性気体はきわめて大きな運動エネルギを有するため、単なる気相反応またはエピタキシアル成長とは異なり、反応性気体が壁面等についた反応生成物をスパツタし再びその一部を気化して新らたな反応性気体として作用させてしまう。」(甲第2号証明細書18頁7~13行)と説明されているように、プラズマ気相反応においては、単に残留ガスとして反応室に残っているガスだけが汚染源になるだけではなく、反応室内の壁面に付着した反応生成物が新たな反応ガスにより気化されて汚染源になることを本願発明者は解明し、その汚染源を絶つために、本願発明においては、反応室を連設させたものとしたのである。
このように、プラズマ気相反応における壁面に着層した反応生成物による汚染という新たな汚染の機序の解明がなければ、プラズマ気相反応において反応室を連設する構成は、当業者にとって容易に想到できなかったのである。
(3) 被告は、多層膜の非単結晶半導体膜形成技術において、本願発明のように反応室相互を隔離して連続方式を採用することは、真空蒸着法等や単なる気相反応法のみならず、プラズマ気相反応法においても本願原出願前周知の技術であった旨主張し、特開昭51-141587号公報(乙第2号証)のほか、特開昭52-85081号公報(乙第6号証)、特公昭49-16221号公報(乙第7号証)、「電子材料」1976年10月号所載「拡散・CVD技術」(乙第8号証の1~3)を挙げる。しかし、これらの文献が公表された後本願原出願日までそれほど年月が経過していないのであるから、これらの文献から上記のことを本願原出願前の周知技術ということはできない。
2 第3・第4引用例に開示されている公知技術の誤認及びこれに基づく判断の誤り
(1) 第3・第4引用例の内容を検討すれば、その考案が、「試料に真空蒸着、イオンスパッタリングなどの表面処理を施す場合の真空装置における試料の搬送装置に関するもの」(甲第7号証明細書1頁16~18行)であって、ここでいう表面処理として、半導体作成用ガスを使用した半導体膜の作成のようなものは考えられておらず、そのゲート弁は、気体の相互の混入防止というより、真空状態の気密性保持のために設けられていることが明白である。すなわち、第3・第4引用例において、半導体作成用反応ガスが隣接する反応室間で混入することを防ぐということは問題となっていないのである。
しかるに、審決は、第3・第4引用例には、半導体作成用反応ガスを用いる装置は記載されていないのにかかわらず、「半導体作成用反応ガス等の相互の混入を防ぐ為のゲート弁を設けた表面処理装置」が開示されている(審決書8頁3~7行)と誤認して、これを前提に相違点の判断を誤ったものである。
(2) そもそも、第3・第4引用例に示されている真空蒸着法やイオンスパッタリング法が半導体膜形成技術として不十分であり、これによっては、満足な半導体被膜を形成できないことは、第1引用例に、真空蒸着法やイオンスパッタリング法によって作成した非晶質シリコンのキャリア寿命がグロー放電によって作成した非晶質シリコンのキャリア寿命に比べ、4桁のオーダーで劣っていることが示されている(甲第4号証5欄38行~6欄3行)ことからも明らかである。
このように、半導体膜作成技術に、半導体膜作成技術として不十分な真空蒸着法等に関する公知の手段を取り入れることは、当業者にとって容易に考えつくものではない。
さらに、プラズマ気相反応と真空蒸着等とは、被膜形成技術として広い意味では同一の範疇に入るが、被膜形成の機構を考えた場合には、両者は全く異なるのである。
すなわち、真空蒸着法とは、真空中で、薄膜を作ろうとする物質を加熱して蒸発させ、その蒸気を適当な面の上に付着させる方法であって、効率性の問題から、その蒸着ガスは強い方向性が与えられており、また、イオンスパッタリング法とは、固体の表面に電場で加速された正イオンのような高エネルギーの粒子を衝突させ、その固体の表面の原子や分子を飛び出させるスパッタリング現象を利用する方法であって、このスパッタリングで飛び出した原子や分子には方向性があるのに対し、プラズマ気相反応法とは、1ないし数種類の気体を容器に入れて高温にすると、気体の種類によって反応が生じ、蒸気圧の低い物質が生成され析出される気相成長を利用する方法であって、反応性気体に方向性はない。
したがって、真空蒸着法等では、この方向性を利用すれば、気密遮断性をプラズマ気相反応法のように必ずしも厳密に考える必要はなく、第3・第4引用例の複数の真空室が開閉自在の仕切弁によって互いに気密に離隔されているのは、反応ガスの相互の混入による汚染を防止するというよりも、あくまで真空度維持のためなのである。また、真空蒸着法等では、反応容器の内壁に形成された反応生成物が後に再び活性化して汚染原因となることはないが、プラズマ気相反応法では、前示のとおり、反応室の内壁に形成された反応生成物が再び活性化されて被膜形成中の層の中に入り込み汚染原因となるのであって、この点からも、プラズマ気相反応法における隣接反応室間の気密遮断性は、真空蒸着法等のそれと比較しより厳密に考えなければならないのである。
このため、本願発明においては、各反応室に独立して反応ガス導入系と真空排気系を設けた(甲第2号証明細書20頁2~5行)のであって、真空排気系を独立に設けることは従来の半導体膜形成技術にはなかった発想であり、第1ないし第4引用例にこれを示唆する記載は一切なく、従来技術のいわば盲点というべき点であって、審決のいうような「連続処理を行う場合に、これらを各反応室に設けることは、表面処理としてプラズマ気相反応を採用する以上当然なすべきこと」(審決書8頁18行~9頁1行)では、決してないのである。
3 以上のように、本願発明は、プラズマ気相反応の独特の汚染の機序を解明したことに基づいて発明されたものであって、真空蒸着法等と被膜形成の機構が全く異なるプラズマ気相反応法において反応室を連設する場合、その気密遮断性は厳密なものが要求されるのであるから、従来のプラズマ気相反応装置である第1・第2引用例のものに代えて、真空蒸着法等に関する第3・第4引用例に示された公知の表面処理の手段を採用し、本願発明の構成とすることは、当業者にとって到底容易に想到できるものということはできない。
そして、本願発明は、各反応室間で反応ガスの混入がないため、各反応室において形成される薄膜の境界が明確になって、半導体装置としての機能が著しく向上する効果を生ずるのである。
審決の容易推考性の判断は誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、参加人主張の審決取消事由はいずれも理由がない。ただし、審決が第3・第4引用例につき、「半導体作成用反応ガス等」(審決書8頁3行)と述べたのは、「反応ガス等」の趣旨である。
1 参加人の主張1について
(1) 参加人は、プラズマ気相反応と真空蒸着等とは異なる技術分野の属するもののように主張するが、両者は、薄膜形成技術として同一の技術分野に属するものであることは、昭和52年12月25日発行「金属表面技術便覧」(乙第5号証の1~3)に記載されているように、本願原出願前周知の事柄であり、それぞれ互換性のある薄膜形成手段として扱われている(乙第1号証・特開昭49-11086号公報、乙第2号証・特開昭51-141587号公報)。
そして、多層膜の非単結晶半導体膜形成技術において、本願発明のように反応室相互を隔離して連続方式を採用することは、前掲特開昭51-141587号公報(乙第2号証)のほか、特開昭52-85081号公報(乙第6号証)、特公昭49-16221号公報(乙第7号証)、「電子材料」1976年10月号所載「拡散・CVD技術」(乙第8号証の1~3)に示されているように、真空蒸着法等や単なる気相反応法のみならず、プラズマ気相反応法においても本願原出願前周知の技術であった。
このような技術水準を考慮すれば、真空蒸着法等に関する第3・第4引用例の技術を第1・第2引用例の技術に組み合わせることは、当業者にとって容易であることは明らかである。
(2) 参加人は、プラズマ気相反応と真空蒸着等は、汚染に関し異なった事象が現れる旨主張するが、複数の反応室で順次被膜形成を行う連続方式においては、被膜形成成分が隣接する反応室に侵入することにより汚染が生ずることにおいて、プラズマ気相反応も真空蒸着等も共通するものである。すなわち、プラズマ気相反応においては、壁面等に付着した隣接する反応室からの反応生成物を反応性気体がスパッタリングし再びその一部を気化して新たな反応性気体として作用させてしまい、それが被膜成分として取り込まれて汚染の原因となるとしても、これらの汚染は、被膜形成成分が隣接する反応室に侵入しさえしなければ生じない。同様に、真空蒸着等においても、被膜形成成分が隣接する反応室に侵入すれば、一部は壁面等に付着し、また一部はそのまま被膜成分として取り込まれ汚染を生ずるのであるから、被膜形成成分が隣接する反応室に侵入しさえしなければ汚染は生じないのである。真空蒸着等に関する第3・第4引用例には、汚染について明記されていないが、そのゲート弁が被膜形成成分が隣接する反応室に侵入することによって生ずる汚染を防止する作用を有するものであることは、当業者にとって自明の事項である。
(3) 以上に述べたところからすれば、参加人の主張1は、理由がない。
2 参加人の主張2について
(1) 審決における「半導体作成用反応ガス等」は、「反応ガス等」の趣旨である。そして、真空蒸着等においても、化学反応を伴わないものとこれを伴うものがあることは、前掲「金属表面技術便覧」(乙第5号証の1~3)に記載されている(539頁下から7行~540頁16行、548頁4~6行、554頁19~28行)ように、周知の事柄である。審決は、化学反応を伴わない真空蒸着やイオンスパッタリングにおける蒸着ガスやスパッタリングガスを「反応ガス等」の「等」に含めて表現しているのであって、これを不適当あるいは誤認したものとの参加人の主張は失当である。
(2) 前述したとおり、真空蒸着法等とプラズマ気相反応法とが薄膜形成技術として同一の技術分野に属するものであり、多層膜の非単結晶半導体膜形成技術において、本願発明のように反応室相互を隔離して連続方式を採用することが真空蒸着法等や単なる気相反応法のみならず、プラズマ気相反応法においても本願原出願前周知の技術であったこと、真空蒸着等に関しても、ゲート弁が被膜形成成分が隣接する反応室に侵入することによって生ずる汚染を防止する作用を有するものであることは当業者にとって自明の事項であることを背景に、第3・第4引用例をみると、その記載(甲第7号証明細書2頁11~13行、同8頁7~9行、同頁15~20行)から、同引用例の隣り合う真空室に設けられた蝶番形仕切弁は、真空室相互の雰囲気を気密に隔離遮断するとともに、試料の通過時には開き、処理中には閉じている開閉手段であることは明らかである。したがって、多層膜の非単結晶半導体膜を形成するプラズマ気相反応装置において、それぞれ隣り合う反応室に異なる反応ガスが侵入することを防止して、形成すべき半導体膜の層と層との間の界面の汚染を防止するために、第3・第4引用例に記載されている開閉手段を採用することに当業者が想到することは困難なことではなく、この点に発明力を要したとすることはできない。
参加人は、第3・第4引用例に示されている真空蒸着法やイオンスパッタリング法が半導体膜形成技術として不十分であり、これによっては、満足な半導体被膜を形成できないこと、プラズマ気相反応法と真空蒸着法等とでは被膜形成の機構が全く異なり、そのためプラズマ気相反応法において反応室を連設する場合、その気密遮断性は厳密なものが要求されることを理由に、審決の容易推考性の判断を誤りとするが、プラズマ気相反応法を含む気相反応法において反応室を連設する場合、その気密遮断性は厳密なものが要求されることは、すでに前掲特開昭52-85081号公報(乙第6号証)、特公昭49-16221号公報(乙第7号証)に記載されているように周知の技術であった。
また、参加人は、本願発明は、各反応室に独立して反応ガス導入系と真空排気系を設けたものと主張するが、本願発明は、これらを「独立して」設けることをその要旨としていない。仮にこれを要旨とするとみても、ゲート弁により気密に隔離され連設された真空室においては、共通に設けられた真空排気系では各真空室の気圧の異なった値を同時に調整することは不可能であるから、操作の効率を考えるならば、真空排気系は各真空室に独立に設けた構造とするのが有利であることからすれば、第4引用例における各真空室には真空排気系が独立に設けられていることを否定する根拠はなく、これを適用することに何の困難もない。
いずれにしても、参加人の主張2は理由がない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。各書証の成立(甲第7号証については原本の存在及び成立)は、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 参加人の主張1について
(1) 第1・第2引用例のものと本願発明とを対比すると、審決認定のとおりの共通点と相違点があることは、当事者間に争いがない。すなわち、その相違点を要約すれば、第1・第2引用例のものが、単一の反応室を用い、反応ガスを置換することによって、異種導電型又は異種の構成元素よりなる非単結晶半導体層を形成するプラズマ気相反応装置であるのに対して、本願発明が、複数の反応室を連設して、異なる被膜を各反応室において順次連続的に積層することによって、異種導電型又は異種の構成元素よりなる非単結晶半導体層を形成するプラズマ気相反応装置であるということができる。
(2) ところで、昭和51年11月30日初版発行の「金属表面技術便覧」(乙第5号証の1~3)によれば、真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法は薄膜形成技術において同一の技術分野に属するものであることが、本願原出願前周知の事柄であったことが認められ、特開昭51-141587号公報(乙第2号証)には、「珪素又はゲルマニウムより成る太陽電池素子を経済的かつ迅速に生産する方法」(同号証1頁右欄12~13行)に関し、複数個の隣接する部所を備えた製造装置が開示されており、これにつき、「第2の部所2に至り、適宜の導電型(n形又はp形)と濃度を有する不純物を含んだ珪素がこの上に形成される。この形成方法は以下の方法、即ち(ⅰ)エピタキシヤル成長に用いられるC.V.D.法、(ⅱ)電子ビーム真空蒸着法、又は(ⅲ)イオンスパッタリング法などが用いられる」(同3頁左下欄8~14行)、「次に、基体に着いた珪素薄膜は連続的に第2の部所2より第3の部所3を通つて、第4の部所4に送り込まれる。ここでは、元の珪素膜と反対形の不純物のイオンが高電圧イオン加速機により打込まれ、又は熱処理により拡散されて、p-n接合が形成される。或いは第2の部所2で形成した、或る導電形の珪素層上にさらに逆導電形の薄い珪素層を析出成長させてp-n接合を形成してもよい」(同3頁左下欄16行~右下欄6行)、「本システムは大規模のデイポジシヨン及び焼きなまし工程より成り、異なる部所間には汚染を防ぐための隔離装置が設けられている」(同4頁右上欄13~16行)と説明されている。
また、特公昭49-16221号公報(乙第7号証)には、プラズマ気相反応を用いる半導体装置の製造に係る従来装置として、単一の反応室を用いるバッチ処理型装置があったが、「これらのバツチ処理技術は低歩止り、製品に於ける再現性の欠除、又露光、温度、雰囲気等の如き処理に於ける種々のパラメータの再現が困難であるという欠陥を本来有し・・・又、この様なバツチ処理型装置は一般的に1使用期間に於いて1度に単一の処理操作への使用に限定される」(同号証3欄32~38行)という欠点があったこと、これに対し、従来から、「連続的方式で半導体を処理するための種々の技術がこれまで提案されているが、・・・半導体のための連続的処理装置の開発に於ける困難な問題は、処理雰囲気の希釈、好ましくない不純物の混入、又は化学組成の変化を生じ得る他の不適合なガスの浸入又は注入による雰囲気の質の低下を防ぐことによりその完全性が維持されなければならない明確な雰囲気を用いることを必要とする操作に於いて更に重大となる」(同3欄39行~4欄6行)こと、半導体素子の連続多段処理システムは米国特許第3314393号及びフランス特許第1498045号と第1511289号により提案されているが、「かような処理用システムにおいては処理用雰囲気の汚染はppmのオーダであつても半導体素子の完全性に重大な影響を有しうるから、かような処理用雰囲気を汚染性の両立不能な不純物から隔離して置くことはますます重要となり、したがつて、連続システムの逐次処理用段と段との間の雰囲気の浸透または相互移動の排除、少なくとも実質的最小化を必要とすることは容易に理解することができ・・・各種システムにおいて処理用雰囲気を隔離し、またその完全性を維持するための各種手法が従来提案されている。かような手法には、米国特許第2701901号、第2856312号、第2916398号、第3179392号、第3314393号および第3340176号の各種のものに記述されているように、空気障壁、機械的封止、空気封鎖、液体封止、気体カーテンその他の使用がある」(同4欄11~28行)旨説明され、複数の反応室を連設した装置を用いる連続処理方法の発明が記載されており、これによれば、本願原出願前、プラズマ気相反応による半導体膜形成装置においては、単一の反応室を用いるバッチ処理型装置の他に、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置もまた当業者にとってよく知られていたこと、この場合、不純物のない適性な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれており、その対策として種々の構成が考えられていたことが認められる。
また、特開昭52-85081号公報(乙第6号証)には、「本発明は気相生成装置(CVD装置)に関する。周知のように、半導体装置、半導体集積回路装置の製造において、シリコン結晶半導体ウエーハに薄膜等を形成する工程がある。そして、薄膜生成装置として、最近では横長の反応室に順次ウエーハを連続的に送り込んで、気相化学反応させて短時間に多数のウエーハに反応物の被膜形成を行なう連続処理装置が提案されている。ところで、このような連続処理装置において重要なことは、反応室の被処理物の出入口が開口しているため、周囲の空気が反応室内に流入することと、反応室内に導入した反応ガスが反応室から外部へ流れ出すことを防止し、不純物のない適正な薄膜を形成することにある。また、処理室が直列に複数連通された構造の装置においても、それぞれ隣り合う反応室の異なる反応ガスが浸入することを防止する必要がある。」(同号証1頁左欄15行~右欄11行)と、略同旨のことが記載されている。
上記各文献は、本願原出願の約4年前から約1年前のものではあるが、特に前示特公昭49-16221号公報(乙第7号証)の記載にみられるように、その説明は、それまでに公表された当業者であれば入手可能の多くの外国特許明細書の記載内容を踏まえてされていることからしても、その記載をもって、本願原出願前、本願発明の属する技術分野における周知の技術ないし技術水準を示すものと理解して差し支えないものと認められる。
(3) この技術水準を前提にすれば、第1・第2引用例の発明と本願発明の相違点に係る構成、すなわち、本願発明が複数の反応室を連設して、異なる被膜を各反応室において順次連続的に積層することによって、異種導電型又は異種の構成元素よりなる非単結晶半導体層を形成するものであるとの点は、真空蒸着法やイオンスパッタリング法のみならず、プラズマ気相反応装置(プラズマCVD装置)において、すでに採用されている周知の技術であることが明らかである。
参加人は、真空蒸着法等とは異なり、プラズマ気相反応法においては、壁面に着層した反応生成物による汚染という新たな汚染の機序の解明がなければ、反応室を連設する構成は、当業者にとって容易に想到できなかったのである旨主張するが、上記のとおり、本願原出願前から、プラズマ気相反応において反応室を連設する場合、不純物のない適正な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれており、その対策として種々の構成が考えられていたのであるから、本願発明者の主観的な認識はともあれ、上記技術水準のもとで客観的にみれば、プラズマ気相反応において反応室を連設する構成を採用することが当業者にとって容易に想到できることといわなければならない。
参加人の主張1は採用できない。
2 同2について
(1) 本願発明において、反応室を連設する具体的な構成は、その要旨に示されるとおり、「基板の移送方向に沿って、順次基板の仕込室、少なくとも2つの反応室と基板取出室を隣接させて配置し、前記各空間には基板および基板ホルダーを通過させる為の開口部と該開口部をふさぎ各室を個々の部屋に仕切り、半導体作成用反応ガス等の相互の混入をふせぐ為のゲート弁を設け、前記反応室には反応ガス導入系と真空排気系を有し、さらに基板を含む空間を加熱する手段と反応ガスを活性化させる電気エネルギー供給手段を有する」というものであるが、第3・第4引用例には、審決が認定し被告が釈明しているとおり、「基板の移送方向に沿って、順次基板の仕込室、少なくとも2つの反応室と基板取出室を隣接させて配置し、前記各空間には基板および基板ホルダーを通過させる為の開口部と該開口部をふさぎ各室を個々の部屋に仕切り、反応ガス等の相互の混入を防ぐ為のゲート弁を設けた表面処理装置」(審決書7頁19行~8頁5行)が記載されていることは、当事者間に争いがない。
第3・第4引用例の装置が真空蒸着やイオンスパッタリングを用いる装置であり、本願発明の用いるプラズマ気相反応によるものではないが、真空蒸着やイオンスパッタリング法がプラズマ気相反応とともに、薄膜形成技術として同一の技術分野に属するものであることは、前示のとおりであり、前述した周知技術のもとでは、プラズマ気相反応装置である第1・第2引用例のものに、第3・第4引用例の上記構成を採用することは、当業者が容易に想到できることと認められる。
そして、このように構成して、反応室を連設した場合に、各反応室で行うプラズマ気相反応に必要な反応ガス導入系、真空排気系、基板を含む空間を加熱する手段、反応ガスを活性化させる電気エネルギー供給手段を各反応室にそれぞれ設けるべきことは、自然かつ当然の技術的手段というべきである。
(2) 参加人は、プラズマ気相反応法における隣接反応室間の気密遮断性は、真空蒸着法等のそれと比較しより厳密に考えなければならないことを挙げて、本願発明においては、各反応室に独立して反応ガス導入系と真空排気系を設けた(甲第2号証明細書20頁2~5行)ものであって、真空排気系を独立に設けることは従来の半導体膜形成技術にはなかった発想であり、第1ないし第4引用例にこれを示唆する記載は一切なく、従来技術のいわば盲点というべき点である旨を主張する。
しかし、被告が主張するように、ゲート弁により気密に隔離され連設された真空室においては、共通に設けられた真空排気系では各真空室の気圧の異なった値を同時に調整することは不可能であるから、操作の効率を考えるならば、真空排気系は各真空室に独立に設けた構造とするのが有利であるということができ、また、前述のとおり、本願原出願前、プラズマ気相反応による半導体膜形成装置において、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置を採用する場合、不純物のない適正な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれており、その対策として種々の構成が考えられていたのであって、このように汚染防止に強い関心が向けられていた以上、もし真空排気系を共通に設けた場合、これを原因としてなお無視できない汚染が生ずる事実が判明したとするならば、その汚染源を絶つために真空排気系を個々の反応室に独立に設けることに想到する程度のことは、当業者にとって困難なこととは到底認められない。
その他の参加人の主張及び本件全証拠を検討しても、上記判断を覆すに足りるものはない。
参加人の主張2も採用できない。
3 上記のとおりであるから、本願発明は、第1~第4引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断は正当であり、その他審決には、これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、参加人の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)
昭和60年審判第11237号
審決
東京都世田谷区北鳥山7丁目21番21号
請求人 山崎舜平
昭和57年 特許願 第1246号「プラズマ気相反応装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年9月14日出願公告、特公昭62-43536)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和53年12月10日に出願した特願昭53-152887号の特許願を、特許法第44条第1項の規定によって昭和57年7月19日に分割出願したものであって、当審において出願公告されたところ、日本電装株式会社、熊切桂一郎、三洋電機株式会社、株式会社島津製作所、辰野久夫、熊沢邦宏からそれぞれ特許異議申立があったものである。
そして、その発明の要旨は、当審において出願公告された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された、
「1.1気圧以下の減圧状態に保持された反応系に置かれた基板上の被形成面上に水素またはハロゲン元素が添加された異種導電型又は、異種の構成元素よりなる非単結晶半導体層を互いに積層することにより少なくとも1つの接合を有する半導体を基板上に形成させるプラズマ気相反応装置において、基板の移送方向に沿って、順次基板の仕込室、少なくとも2つの反応室と基板取出室を隣接させて配置し、前記各空間には基板および基板ホルダーを通過させる為の開口部と該開口部をふさぎ各室を個々の部屋に仕切り、半導体作成用反応ガス等の相互の混入をふせぐ為のゲート弁を設け、前記反応室には反応ガス導入系と真空排気系 有し、さらに基板を含む空間を加熱する手段と反応ガスを活性化させる電気エネルギー供給手段を有することを特徴とするプラズマ気相反応装置」にあるものと認める。
なお、特許請求の範囲には、上記の「反応室には」と「を含む空間」が重複して記載されているが、これは誤記と認められるので、重複する記載を除いて上記のように認定した。
一方、特許異議申立人日本電装株式会社が、甲第1号証として提出した特公昭53-37718号公報(昭和53年10月11日 出願公告 以下「第1引用例」という。)には、一つの真空室32(反応系)に、第3の出口44に接続されるガス供給系(反応ガス供給系)、第2の出口46に接続されるメカニカルポンプ、第1の出口44に接続される拡散ポンプ(真空排気系)、加熱板38(加熱手段)、グロー放電用電源42(反応ガス活性化用電気エネルギー供給手段)を備え、0.1~0.3トール程度の減圧状態に保持された真空室に置かれた基板12上に異種導電型の「非単結晶」に属する非晶質シリコン半導体層を順次積層して接合を有する半導体装置を形成するためのグロー放電装置30(プラズマ気相反応装置)が記載され、甲第2号証として提出した米国特許第4109271号明細書(昭和53年11月16日 特許庁資料館受入 以下「第2引用例」という。)には、一つの真空室32(反応室)に、第3出口48に接続されるガス供給系(反応ガス導入系)、第2出口46に接続されるメカニカルポンプ、第1出口44に接続される拡散ポンプ(真空排気系)、加熱板38(加熱手段)、グロー放電用電源42(反応ガス活性化用電気エネルギー供給手段)を備え、0.1~1.0トール程度の減圧状態に保持された真空室に置かれた基板11上に、水素が添加された異種導電型、異種の構成元素からなる「非単結晶」に属する非晶質シリコン、非晶質シリコンカーバイド半導体層を順次積層して接合を有する半導体装置を形成するためのグロー放電装置難30(プラズマ気相反応装置)が記載されている。
そして、甲第5号証として提出した実開昭53-149049号公報(昭和53年11月24日出願公開 以下「第3引用例」という。)、甲第6号証として提した実願昭52-54176号の願書に最初に添付された明細書及び図面を撮影し、昭和53年11月24日 特許庁によって発行されたマイクロフィルムの写し(その概要は上記甲第5号証に掲載されている。以下「第4引用例」という。)には、試料に真空蒸着、イオンス ッタリングなどの表面処理を施すための真空装置において、異なった表面処理を生産性よく行うために、異なった表面処理を行うための複数の真空装置を連設し、その前後に、試料搬入室と処理済試料の搬出室となる真空チャンバーを設け、全ての真空装置、真空チャンバー内を貫通してその床上にレールを敷設し、このレール上を移動する試料積載用台車を設け、これら真空装置、真空チャンバーの間を、試料積載川台車が通過しないときに、相互に気密に隔離することができる開閉自在の仕切弁によって仕切り、仕切弁を開いた状態で反応させるべき試料を順次移動することによって、異なった真空蒸着、イオンスパッタリング等の表面処理を連続的に行うようにした真空装置が記載されている。
そこで、本願発明と第1引用例、第2引用例に記載された発明を対比すると、両者は、1気圧以下の減圧状態に保持された反応系に置かれた基板上の被形成面上に水素またはハロゲン元素が添加された異種導電型又は、異種の構成元素よりなる非単結晶半導体層を互いに積層することにより少なくとも1つの接合を有する半導体を基板上に形成させるプラズマ気相反応装置である点で共通し、本願発明においては、基板の移送方向に沿って、順次基板の仕込室、少なくとも2つの反応室と基板取出室を隣接させて配置し、前記各間には基板および基板ホルダーを通過させる為の開口部と該開口部をふさぎ各室を個々の部屋に仕切り、半導体作成用反応ガス等の相互の混入をふせぐ為のゲート弁を設け、反応室の各々に反応ガス導入系、真空排気系、基板を含む空間を加熱する手段、反応ガスを活性化させる電気エネルギー供給手段が設けられていることが、構成要件の一部となっているのに対して、第1引用例、第2引用例に記載されたものにおいては、反応ガス導入系、真空排気系、基板を含む空間を加熱する手段、反応ガスを活性化させる電気エネルギー供給手段が設けられた単一のプラズマ気相反応装置を用い、反応気体を置換することによって、異種導電型又は、異種の構成元素よりなる非単結晶半導体層を積層形成する装置である点で相違するものと認められる。
ところが、本願発明が採用するプラズマ気相反応にようものではないが、これと同様に基板上に被膜形成等の表面処理をする方法として周知である真空蒸着、イオンスパッタリング等において、基板の移送方向に沿って、順次基板の仕込室、少なくとも2つの反応室と基板取出室を隣接させて配置し、前記各空間には基板および基板ホルダーを通過させる為の開口部と該開口部をふさぎ各室を個々の部屋に仕切り、半導体作成用反応ガス等の相互の混入を防ぐ為のゲート弁を設けた表面処理装置によって、異なる被膜を連続的に積層形成することが第3引用例、第4引用例に記載されているように本願の出願前から公知であるから、本願発明のように、単一のプラズマ気相反応装置を用いて反応ガスを置換することによって、異種導電型又は異種の構成元素よりなる非単結晶半導体層を形成することに代えて、真空蒸着等の表面処理において公知の上記手段を採用することは、当業者が容易に想到することと認められる。
そして、反応ガス導入系、真空排気系、基板を含む空間を加熱する手段、反応ガスを活性化させる電気エネルギー供給手段は、第1引用例、第2引用例によって公知のプラズマ気相反応装置において必要な手段であるから、連続処理を行う場合に、これらを各反応室に設けることは、表面処理としてプラズマ気相反応を採用する以上当然なすべきことであって、この点に格別発明力を要したとは認められない。
したがって本願発明は、第1引用例、第2引用例、第3引用例、第4引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定によって特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成1年1月10日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)